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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)16114号 判決 1990年1月26日

原告 松本明子

右訴訟代理人弁護士 渡部公夫

被告 小島侑子

右訴訟代理人弁護士 伊達弘彦

主文

1  原告が、別紙物件目録記載の建物につき、原被告間の昭和六三年三月二九日付契約に基づく賃借権を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、右建物を明け渡せ。

3  被告は、原告に対し、昭和六三年、九月一日から右明渡済みにいたるまで一か月一〇〇万円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決は、2、3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一事案の概要

一  原告の主張

1  原告は、昭和六三年三月二九日、被告から別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期間同年四月一日から平成二年六月三〇日まで、賃料一か月二七万円の約定で借り受け、同年四月一日その引き渡しを受けた。

ところが被告は、同年八月二二日に無断で本件建物を占拠し、現にこれを占有している。

原告は、本件建物でテレホンクラブを経営していたところ、一か月平均一〇〇万円の純益があったから、被告の不法占拠で一か月一〇〇万円の損害を被っている。

2  そこで被告に対し、本件建物につき原告に賃借権がある旨の確認と本件建物の明渡しを求めると共に、昭和六三年九月一日から右明渡済みに至るまでの一か月一〇〇万円の割合による損害金を支払うよう求める。

二  被告の主張

被告が原告に本件建物を昭和六三年四月一日に引き渡したのは、原告に対しこれを賃貸したからではなくて、被告の本件建物におけるテレホンクラブ営業の経営を原告に委託したからである。ところが、原告の経営方法にいろいろと問題があったばかりか、同年五・六月ころから、原告が賃借人であると主張するようになり、毎月の被告に対する金員の支払もその所定の期日に支払わず、催告されてやむなく支払うような状況になったので、被告としてはもはや原告に経営を任せておけないと考え、同年八月一〇日付書面で経営委託契約を解除する旨通知した。したがって、被告が本件建物の占有を不法に原告から奪ったわけではない。

第二争点に対する判断

一  原被告間の昭和六三年三月二九日付契約の性質について

1  まず、以下の事実が認められる。

被告は、本件建物と別紙図面の「麻雀荘」と記載された部分を含めた三階全部を昭和五二年ころからその所有者より賃借し、ここで麻雀屋を経営してきた(実際の管理・運営は、原告の夫小島喜助が当たっている。)、昭和六一年になって、その経営が苦しくなったため、本件建物をテレホンクラブ用に改造し、同年一〇月一日からテレホンクラブの営業を始めた(実際の管理・運営は同じく喜助が担当)。しかし、同年一二月にその営業の責任者が店の売上金を流用することがあって、その者に手を引いてもらい、昭和六二年二月以降は、松本雅行に店の経営を委託した(その契約内容は、以下の原告と被告間の契約と同趣旨である。)。

ところが、松本も別の仕事のため、右の経営から手を引くことになったので、原告が同じ契約条件でこれを引き継ぐこととなり、昭和六三年三月二九日に「念書」として、原告と被告は以下のような趣旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 受託者(原告)にこの店の経営権は発生せず、運営上の責任者であること。運営受託の報酬として、売上金は原告の収入とし、使用料は、収入金額と関係なく、原告が毎月二七万円を当月一日に被告に支払う。

(二) 原告は、テレホンクラブ用に設置された電話の料金として、実費を被告に支払う。

(三) 原告は、委託者(被告)に無断で第三者に又貸し、受託権利の委譲等の行為を絶対しない。

(四) 昭和六三年七月にビル所有者と賃貸借契約更新を行うが、その際、原告は、更新料として二七万円を被告に支払う。

かくして、被告が昭和六三年四月一日から本件建物でテレホンクラブを始めたが、以後、原告が従業員の採用・監督に当たり、広告・宣伝費も負担し、自らの責任と計算でその経営一切に当たってきた。なお、その後同年五月三一日には、原被告間で、七月以降の水道・光熱費も原告が半額負担する合意をしている。

2  右事実によれば、本件契約は、本件建物自体、あるいは本件建物とその内部に設置されているテレホンクラブ用施設それ自体のみの利用を目的とした単なる賃貸借契約ではない。本件契約が締結された以前に既に本件建物及び施設でサービスの提供を受けた顧客、すなわち得意先等を含めたテレホンクラブという営業の利用を対象とした契約である。そして、前記念書によれば、被告が原告に対し右営業の運営を委託した形式になっているけれども、少なくともここで重要なことは、その営業が受託者たる原告の計算で営まれ、その損益が原告に帰属することであり、被告は主として施設利用料の名目で一定の金員の支払を受ける権利を有するに過ぎないことである。それ故、本件契約は、被告が主張するような、被告が原告に対し単にテレホンクラブの経営という事務処理を委任したもの、すなわち管理委託契約(純粋の委任契約)とも解することはできず、結局これは、狭義の営業委任契約であり、実質は営業の賃貸借と異なるところはないと解すべきである。したがって、本件契約の利用対象に含まれる本件建物の利用関係そのものについては、賃貸借の規定が適用されるというべきである。

二  本件契約の解除は有効か

1  原告は、他にも二店舗のテレホンクラブを経営し、本件建物でのその実際の運営をほとんど従業員に任せ(毎日電話で指示等をし、本件建物に来るのは月に一・二度であった。)、従業員に対し、被告に対する毎月の使用料の支払を月末にするよう指示していたが、六月分以降は所定の一日に自発的に支払われたことはなく、喜助の催促を受けてそれよりも三・四日遅れて支払うような状況であった。

五月末ころ、喜助が原告の従業員に肩を揉ませることをし、従業員からの苦情を受けた原告が喜助に対し営業中はみだりに本件建物に入らないよう要求することがあった。

八月四日、原告が八月分の使用料と更新料(前記念書(四))の支払のため、これら金員を現に喜助に提供した。その際、原告が喜助に対し、本件建物に営業中は必要もなく立ち入らないよう書面化するよう要求したことなどがあって、怒った喜助は口頭で本件契約を解除すると通告した。そこで原告は、喜助が感情的になっていると思って、右の金員を置いたまま帰った(なお、後日被告は右更新料から光熱費を差し引いた金員を原告に返還したところ、原告はこれを供託している。)。

その後被告は、昭和六三年八月一〇日付書面で、原告に対し、要旨左記の理由で本件契約を解除する旨意思表示した。

(1) 毎月一日限り支払うべき使用料を六・七・八月にわたり引き続き遅延し、その都度催促して回収しており、今後もまた支払を懈怠することが予想されること。

(2) 七月末に支払うべき更新料を遅延したこと。

(3) 経営権が委託者たる被告にあるのに、言動の端々において経営権を奪取しようとする意向が見受けられること。

これに対し、原告は何ら喜助ないし被告に応答をせず、右営業を続けていたが、喜助は、同年八月二二日朝、原告の従業員佐々木宏至に本件建物からの立ち退きを求めて退去させ、翌二三日からは被告自らが本件建物でテレホンクラブの営業を始め、現在に至っている。なお原告は、八月二二日の昼ころ弁護士と共に本件建物に赴いたが、喜助が不在で会えなかった。

2  右事実によれば、被告の解除の意思表示を有効とみるのはいささか困難であろう。賃料や更新料の遅滞といっても、いずれも数日の遅れで被告において受領済みであり(ただし、更新料については前述のとおり)、予め警告等を発しているならともかく、そうもしないでいきなり右のささいな遅滞を解除事由とするのは許されないだろう。証人小島喜助は、被告が解除した一番の理由は、原告が昭和六三年八月四日に、念書ではなく、正式の賃貸借契約を取り交わすことを要求したからである、と証言する(もっとも、原告本人はこれを否定する供述をしている。)。しかし、このことも特段の事情があるならともかく、この一事によって被告との信頼関係を破壊するような言動とみるわけにもいかない。

3  したがって、本件契約は、なお有効に存続しているといわなければならない。それ故、原告は、本件建物につき賃借権を有しているといっても差し支えなく、被告は、原告に対し、本件建物を明け渡さなければならないし、また、被告が原告の本件建物におけるテレホンクラブの営業を排除した行為は違法と評価せざるを得ないから、これによって原告の被った損害及び被りつつある損害、すなわち、原告が本件建物で右の営業を継続していたならば得たであろう一か月一〇〇万円をくだらない利益も賠償すべきである。

(裁判官 大澤巖)

<以下省略>

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